2023年08月31日
社会・生活
研究員
河内 康高
世界で「日本食」が人気だ。農林水産省の推計によると2013年に5万5000店だった海外の日本食レストラン店舗数は、2021年には約16万店舗と約3倍に増加した。
海外の日本食レストラン店舗数(出所)農林水産省
中でも、人気が急上昇しているのがラーメン。もともと中国の「拉麺」が起源だが、日本各地で多様な発展を遂げた。外国人からは日本食の一つとして認知され、中国でも「日式(日本式の)拉麺」と呼ばれる。
農林中央金庫(東京都千代田区)が訪日外国人に対して実施した調査(2023年3月)によると、「自国で知られている日本の料理」の1位はすし、2位はラーメン。代表的な日本食というイメージが強い刺身や天ぷら、うどん・そばより上位にランクしている。今や、ラーメンはすしに次ぐ「日本食の顔」と言えるだろう。
自国で知られている日本の料理(出所)農林中央金庫
国際的な知名度の高まりを受け、学術的に研究する動きも出てきた。大和大学(大阪府吹田市)社会学部3年の永井琉太さん(20)と、同学部で「創造的な地域や産業」などについて論考する立花晃准教授が今年3月に「国際ラーメン学会」を共同で設立した。学会は会員の募集を始めたばかりで、まだ大和大学の教授や学生が中心だが、研究は「学際的(複数の異なる学問領域にまたがる研究)」に進めている。
大和大学【7月9日、大阪府吹田市】
立花准教授の研究テーマは「ラーメン×街づくり」。「ご当地ラーメン」がどのように発展してきたかを調べ、その土地の歴史や文化、産業などとの関連を考察している。
立花准教授【7月9日、大阪府吹田市】
例えば、兵庫県の一部地域で食べられている「播州(ばんしゅう)ラーメン」は、細めのちぢれ麺にしょうゆベースの甘いスープが特徴。なぜそのような味になったのかをひも解くと面白い。かつてこの地域では、繊維業などが盛んで全国から集団就職で若い女性が集まった。女性たちの好みに合わせて甘みの強いスープに発展していったのだという。
立花准教授は「ラーメンは庶民が気軽に食べられる大衆食です。だからこそ、各地域で安く安定的に手に入り、かつ美味しい食材が使われます。そして、その土地で好まれる味になります。つまり、各地のご当地ラーメンを見れば、その土地の風土を知ることができるのです」と解説する。
国際ラーメン学会は名称に「国際」とあるように、海外大学との連携に力を入れている。学会設立に向けた作業を進めていた今年2月、永井さんは香港大学で「The soul of ramen, how to taste Japanese noodle(ラーメンの神髄:日本の麺の味わい方)」と題する講義を行った。
香港大学で講義する永井さん【永井さん提供】
講義ではラーメンの種類や特徴、作り方などについて解説。中でも、現地学生の興味を引いたのは日本人の麺へのこだわりだった。
永井さんは関西の食材を使ったラーメンを自身で開発した際、約200種類の麺の中から一番適した麺を選び抜いた。麺の太さやちぢれ具合、食感を左右する加水率などの吟味に数カ月費やしたという。
「日本ではなぜそこまで麺にこだわるの?」「とんこつラーメンはなぜ麺が細いの?」―。講義後に行った現地学生とのディスカッションでは、麺に関するさまざまな質問が投げかけられた。
香港ではラーメンを「麺料理」というよりも「スープ」と捉える傾向がある。スープがメインだから、麺はあくまで具材の一つ。そのため、「スープによって麺を変える」というイメージがあまり湧かないのだという。だからこそ、徹底的に麺にこだわる日本のラーメンに対して興味津々なのだ。
さらに日本のラーメンは見た目にもこだわる。お客様に提供する際、1本1本の麺をそろえて美しく盛り付けることを「麺線を整える」という。味に関係ない部分までこだわる日本のラーメンに香港の学生は驚嘆した。味だけでなく見た目も追及した日本のラーメンは、まるで伝統工芸品のように見えるのかもしれない。
実は香港大学での講義や共同研究が実現した背景には、ある出会いがあった。永井さんがラーメンを提供するイベントの終了後、大学で後片付けをしていると、「君たちは何をしているの?」と声を掛けられた。それが、新技術開発に関する視察に訪れていた香港大学の教授だったのだ。
永井さんがラーメンについて熱く語ると、「面白い。香港大学にきて講義してくれないか」。偶然にも、日本のラーメン文化に興味を持ち、研究を始めたところだったという。永井さんは「急展開すぎて、最初は冗談だと思いました」と笑顔で話す。
前述のように、永井さんの講義は香港大学の教授や学生から好評を博した。今年12月にも香港で学会の研究発表会を開く話が進んでいる。また学会に所属する大和大学教授の紹介で、ポーランドのワルシャワ大学やコペルニクス大学、ベルギーのルーヴァン大学などでも日本のラーメンに関する講演や学術交流をしていく予定だ。
永井さんが次に目指すのは、2025年に地元大阪で開かれる国際博覧会(大阪・関西万博)でのラーメン文化の発信だ。大和大学のある吹田市は、約半世紀前に大阪万博が開催された場所。大阪・関西万博のマスコットキャラクター「ミャクミャク」の名付け親の一人は同大学の学生という縁もある。
「ラーメンは日本人が思っている以上に海外で人気があります」と永井さん。世界の注目が集まる万博は日本のラーメン文化を深く理解してもらうチャンスだ。期間中に全国の大学にあるラーメン関係のサークルなどを集めて交流できるようなイベントを検討しているという。永井さんらの調査・研究が進めば、日本の歴史や文化、産業との関わりなど、これまでなかった視点から世界にラーメンを紹介できるに違いない。
永井さん【7月9日、大阪府吹田市】
最初は「暇つぶし」だったが...
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永井さんは高校3年から独学で本格的なラーメン作りを始めた。「新型コロナウイルス感染症の影響で、部活や学校行事が大幅に制限されて...」。最初は「暇つぶし」のつもりだったという。もともと、ものづくりが好きで興味を持ったらとことん追求する性格。知り合いのラーメン屋店主に作り方を教わったり、スープの材料を仕入れるため卸売店に直接交渉したりするほど「ラーメン沼」にはまった。 その後、大和大学に進学。大和大学は学生のフリースペースと教員室が隣接するなど学生と教員の距離が近い。永井さんと立花准教授は授業や学生食堂などで議論を交わすうち意気投合。立花准教授の授業を受けるうち、「自分の得意分野であるラーメンで社会課題を解決できるのではないかと思いついた」。 規格外の野菜を活用立花准教授との出会いが転機となり、永井さんは昨年4月、ラーメンの開発・販売を通じ「フードロス削減」と「地域貢献」を目指す学生団体「麺の下の力持ち」を立ち上げた。 「麺の下の力持ち」では規格外で廃棄される兵庫県・淡路島産のタマネギや、京都府・舞鶴産の煮干しを具材やスープのだしとして活用する「すいたぶるラーメン」を開発。すいたぶるは「suitable=適切な、ふさわしい」という意味で、吹田市の「すいた」と掛けている。地元吹田市や百貨店のイベントなどで販売した。今年3月に万博記念公園で開催された「SAKANA&JAPAN FESTIVAL2023」では、4日間で合計約800食を売り上げるなど大人気。イベント期間中、毎日食べに来る常連客もいたという。 すいたぶるラーメンを販売(出所)永井さん 「なければ作ってしまおう」こうした活動を続けるうちに、永井さんは「もっとラーメンの歴史や文化について知りたい」と考えるようになった。しかし資料などを調べるうち、ラーメンを学問的に研究する団体がないことに気づいたという。 「なければ自分で作ってしまおう」。持ち前の行動力で立花准教授に談判。共同で国際ラーメン学会を設立することになった。近年、大学生のサークルがラーメン店を作って運営する動きが広がっている。そうした学生団体の交流の場にもなっている。 |
河内 康高